2020年 11月 11日
過日、その暑い暑い夏の盛りに、ご自分の作品創りについて熱く語って帰っていった若い男性作家がありました。 その時、別れ際に「もし個展がご希望なら、しっかりいい作品をお創りになって、早く見せに来てね。わたくしも年だから、三途の川のせせらぎの音が聞こえ始めているので、急がないと間に合いませんよ」と。 すると、その青年は「佐藤さん、大丈夫ですよ。僕がそのせせらぎの音を消してあげましょう」というのです。 「本当かしら、だったらうれしいわ」。若い青年の言葉に年老いた私はほのぼのと恋心のきざしのようなときめきすら感じながら、頼もしく、ほほえましく受け止めていました。 その後、半年ほどたったついこの間のことです。その青年がいろいろ自らの創意・工夫を重ねたと見受けられる試作作品を持ってやってきました。若い男の子らしく黑と白を基調にしたかなりモダンな雰囲気を保ちながら力強く凛とした作品でした。私はすぐに、これなら大丈夫。来年春をメドに個展を開きましょうと約束を交わしました。 青年が帰った後、ふと我れに返って思うのでした。「あら、例の三途の川のせせらぎの音が私の脳裏から消えたようだわ」と。おそらくあの青年の成長を見届けたいという思いが、もう少し生きてみましょう、という強い願望に変化したに違いないと思えます。 「三途の川のせせらぎの音を止めてあげましょう」というたわいない約束が現実になるなんて、そんな感動はめったに味わえるものではありません。八十五歳への恵みのようです。 長生きして、淡いときめきとともにあの頼もしい青年の成長を見届けなくては、と思うことしきりなこの頃です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー #
by gallery-sato
| 2020-11-11 17:08
2020年 10月 13日
10月のエッセイ教室の課題は「別れ」でした。私の別れは・・・・・。 人々は終わりだの、別れだの、そういうことがなければいいのにと、よく言います。 ところが私が、日ごろお手本にしている随筆家 幸田文さんのエツセイに「別れの哀惜、終りの悲嘆に出会ったとき、人は磨かれると思う。私たちの胸には、日常ああ思いこう思う、いわば情念のごみみたいなものが山と積もっているが、別れや終りはそれを吹き払ってくれる、冷えた風のように私は思う。痛みを伴うけれど、別れとは、いいものである」と書かれた一節があります。 小さなギャラリーを営む私が、日ごろ心がけていることは作家の作品を私のギャラリーの空間でライティングなど工夫しながら、どのようにして作品の良さを浮き彫りにしようか?など、あれこれ考えて展示をしています。 時間をかけてゆっくりと作品が伝える質感や、作品の大きさから受ける印象など実物ならではの訴える力を見ていただきたいのです。アイホーンなどの画像では太刀打ちできないものが感じられることでしょう。 また来客の方々には気持ちよく十分楽しんでご覧いただけるよう心掛け、時にはお茶をいただきながら作家との会話がはずむなど、店内にはとてもいい雰囲気が漂います。店が街中より少し離れているおかげで、幸せなことに、コロナ禍以前から「三密」は十分避けられ静かに落ち着いた雰囲気を醸し出す相乗効果も得ていると思います。 そんなふうに、作品たちと日々親しく過ごしているものですから、会期中にすっかり親しくなり、作家が会期を終え作品をすべて持ち帰ってしまうと、ギャラリーの中には空虚感が漂い、水が引いたような、孫たちがかえつてしまつた後のような別れの寂しさをしみじみ感じます。 しかし次の日には別の作家の新しい作品が並び、わたくしの、目を慰めてくれます。こんなことを長年続けていますと、近頃は最初のうち、気付かなかった作品の微妙な工夫や技術の巧みさに気づくようになりました。時には「今回は気持ち良く頑張ってきました」と作品が語り掛けてくることさえあります。 こうして長い間、一回の展示会が終わるごとに作品との別れを幾度となく繰り返して寂しさを味わってきたおかげで、わたくしのぎゃらりーのオーナーとしての感性が豊かに育まれたのではないでしょうか。 夫との別れも寂しかったですが、今ではこんなに素敵な友達に恵まれ幸せそのもの。別れもいいものです、と八十五年の人生を振り返って媼はつぶやくのでした。
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by gallery-sato
| 2020-10-13 17:13
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